「生きる」をテーマに、心という意識世界の不可思議を書き綴ります。

自分探し

もし、あなたが人生において

自分探しをしているのなら

それは見つからないだろう


探すものではないから


聖賢の導きとは、過去であり、それはいわば他人の歴史でしかない

“今”を生きているのは、ただひとりの“私”しかいない


そう

私がわたし自身を受け入れた時点で

探し物は・・・


なくなる

Awareness アウェアネス

今日の午前中は、庭の草むしりをした。


見事な秋晴れ。

日向にいると、まるで日差しは夏のよう・・・


数ヶ月前から気になっていた庭の蜂の巣は、

先日の大型台風が来たときに落ちてしまっていたけれど、

蜂たちは、落ちてしまった巣の横で、並んで静かにじっとしていた。


・・・独特な集合意識を垣間見るようだ。


そういえば、北海道でも大分でも観察したが、

牧場にいる羊たちの集団行動は面白く、

一頭が、「ある意識レベルの波紋」によって動いたとき、

そこにいる他の羊たちは全員それに従う。





人間の場合、どうだろう・・・


“それ”に囚われないで済むのが

人間に与えられた「自由意志」といったところだろうが、


逆に、

その自由意志に囚われることで、

“それ”を感知できないことになり、

結果、大きな代償を図らずも得てしまっているような気がする・・・



人類の霊的進化、然り。



だが、土に触れていると

“それ”に「気づく」。


自然という 〜意識の波紋〜


「Awareness アウェアネス=気づき」を

そんな方向から読んでみるのも面白い。

スピリットの風

北海道の風

新ブログを作りました。

「スピリットの風」

http://spirit88.exblog.jp/

深呼吸できるような写真をアップしています。

人生暇なし・・・人生暇だし・・・

世間は、お盆休み。

自営業って、休みを自分で設定できるのだけど、
本気で「今日は休むぞ!」という気持ちがないと、
ついつい仕事の延長みたいなことをして、休まないままで過ごしてしまうことが多い。

思えば、26歳から一人で仕事をしているので、
「上手な時間の使い方」をするのに、どれだけ自己管理力が必要か・・・
なんてことを幾度となく考えた。

仕事も自営で、さらに一人暮らしとなると、
元来のんびり屋さんな私の中の「だらだら星人」が何かにつけて、表に顔を出そうとしてた。

一人の場合、時間をどのように使っても、誰も私に注意しないのは嬉しいけれど、
内側から、だらだら星人に襲われると、もう何もできなくなるから、それは大変。


「負けるな、私!」

そんなわけで、気合いで長年過ごしてきたら、
今度は休みの日にも気が抜けなくなってしまい、
ずっと休まらない自分ができあがってきて、
「だらだら星人」は、いつしか「頑張る星人」へと変貌してしまった・・・という始末。


頑張る星人は、「何かをやらねば・・・」というのが口癖。

人のために・・・なんていう大義名分も大好きで、
人様のために自分の心身までも削る!なんてことを平気で当たり前のようにやってしまう。

そして、頑張っている私は、成果や報酬というエクスタシーを求め続け、

それが一時得られても「次は何?次は?」というように、
目線がいつも外側に向いていってしまった。。。。


ここまで来ると、自己感覚が麻痺した状態・・・・



私にもこんな時期が数年続いたな。


でもあるとき、

こんな人生って、心に全く余裕がない・・・自由でない・・・豊かでない・・・

自分から観ても、人間的に全然魅力がないよなーーと気づいた。


だって、いつもどこかで焦っている自分。

時間に縛られ、世界に縛られ、
目的地が見えないまま、「いつかもうすぐ」といい続けている自分。

一体、私は「どこ」に行くつもり?

使命?
善意?

CMじゃないけど、「あなたのためだから・・・」って何よ?


そういうことが観えてきたときから、

だらだら星人にも、頑張る星人にも、天にお帰りいただいて、

心には、自分という中心を定めて(ここが大事!)、
本当に自分がやりたいことしか、しないようにした。

仕事も、レジャーも、奉仕も。



すると、心には、スペースができた。

内なる風が爽やかに吹いている心地よいスペース。

これこそが、思い描いてきた「余裕」。

外には見つからないはずだ。

は〜〜〜、気持ちよい・・・・軽い・・・・


そしたら、

これまで何と、不必要なところにまで自分は手を出してきたのだろう・・・
ということがわかった。

これじゃあ、長年、疲れているはずだよね・・・・


車のハンドルにも「遊び」が必要だと言うが、
人生にも、「遊びというスペース」がないと、
結局内的バランスが崩れるんだな・・・と理解した。




・・・・・今では、実務的にはやることはたくさんあるのに、内側では常に「暇な感覚」がある。


それがすごく面白い。



ある人にそんな話をしたら、

「誤解するのであまり人には言えないけれど、
 この前瞑想していたら「人生、暇つぶし」という言葉が降りてきたの」って(笑)。


言葉は違えど、その感覚に近いかも〜〜!!

いのちとヒロシマ

広島滞在中、セッションが終わったあと、
ホテルの近くの川を散歩してみた。


すっかり日も暮れた夜8時。

見通しよく広がっている空は、夜なのに、街の明かりで輪郭がくっきりとしていた。

風が川を渡っていて、歩いている私の肌に触れる。

夕涼みに丁度いいぐらいの感じ。

最高に気持ちがいい。


その心地よさで、

車の騒音も全く気にならず、

心は静寂のまま、「今」を味わいながら歩いていた。


ウォーキングをする人と何度かすれ違ったときには、

「生活者」ではない自分との感覚の温度差を味わう。

少しだけ異邦人の気分だ。


そのとき、ふと「ヒロシマ」に思いを馳せてみた。

ここから反対側に歩いていけば、原爆ドームに近くなる。


そういえば、

5月に広島へ来たときには、原爆慰霊碑へ手を合わせに行った。




・・・・・あなたは私たちの気持ちがわかりますか?・・・・・



そう・・・姿なき声は、あのとき私に突然語りかけてきた。


「いえ、わかりません。」



私は率直に答えた。


想像だけで、被爆者の苦しみを理解することなど私にはできなかったし、

何よりも、安易に同情するのは失礼だと思ったからだ。



「ただ・・・」


私は自分のこころの静けさを観じながら、

思い切って「声」に語りかけてみた。


「理想論と言われるかもしれませんが、
私は原爆体験によって、被爆者の皆様が愛の使者になられることを願う者です。

戦争の悲惨さを体験されることによって、

つまり、人間の未熟さ、浅はかさ、エゴの虚しさなどを実感されることで

出来事自体を恨むのではなく、

事の本質を理解されることで愛を選択し、
地球に生きる者を皆様が愛で導いて下さったら・・・思うのです。

愛になることで、被爆者の皆様の魂もきっと報われると思うのです・・・・

僭越ながら、そう感じます。

・・・・そして、この私も同様に、
愛のみを選択して行きます・・・・

愛として皆様と共に在りたい・・・です。」


私は自分の中心から素直な気持ちを伝えていた。

すると、姿なき声は頷いてくれたように思えた。


通じていると嬉しいけれど、それも私の願いに過ぎない。



今回、東京に戻る日、

ひろしま美術館を見学したあと、ミュージアムカフェで友人とお茶をした。

ふと、外に目をやると、ガラス窓から見える大木の葉っぱが、風にゆらゆらと揺れていた。

原爆で一度死んだ土地に根付いているとはとても思えないほどの生命力で、
いのちの息吹を輝かせているのを観て、
友人は「すごいね・・・」とつぶやいていた。



時は過ぎ、

生命は巡り往く。

いのちの息吹で、

人の意識も浄化され、

日毎に刷新されていく。


諸行無常のごとく、

それはまるで、無為自然の所作のように

大いなる「わたし」によって美しく営まれる・・・



地球で生きる私は、
時折ここで「何」をしているのだろうと振り返ることがあったが、

こうして先人が繋いでくれたいのちを通して、

人間の可能性を見出すことで

希望を次世代に伝えたいのだな・・・と気づいたのだった。

プロフィール

Author:月の風人
月音

宇宙にただ独りの「他の誰でもない私」の
人間体験から、人生の理、宇宙の理、
生命の理を体感中。

HP 「月の風人」 
http://tsukine.premaworks.com/

クリエイター

エナジー・ワーカー
ヒーリング・セラピスト
心理&スピリチュアル・カウンセラー

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